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裏舞台

「器用なものねぇ」
退屈で覗いた。
「やってみますか?」
予期せぬ答えが返ってきて、私は結果、のんびりと待っているわけにはいかなくなった。

遠くからの呼ぶ声を聞きながら、私は真剣にまな板に向かっている。
煩い監督が後ろに控えているお陰で、少しも気を抜けないのだ。これほど体の隅から隅まで気を張り詰めることが、戦場以外であっただろうか。
ああ、でも後ろの男と初の手合わせの時も何時にない緊張感に包まれたんだっけ。
油断すると、絶対に負ける。そう思わせる何かがこの男にはあった。普段は、少しもそんなところ見せはしないけれど。
「へぇ、上手ですね」
「陸遜ほどじゃないけどね」
「いや、お見事。今の、動きによどみがありませんでしたよ」
魚の腸から私は視線を彼へと向けた。人がこれほど精神を統一させているというのに、無邪気に本気で感心している陸遜を少し睨む。
失礼しました、と彼は苦く笑って身を引いた。
「手合わせのときもこれくらい褒めてくれればいいのに」
「ははは、尚香殿も酷い事を言う。私に無理を言えというのですか」
「何よそれ!私だって日々腕を上げてるわよ」
「尚香殿」
彼の視線の先。追うと、私は包丁を魚の頭に突き刺していた。

「恐ろしい人だ」
「笑って言わないでよ。ったくもー」
「さぁ、あともう少しですよ。頑張ってください」
「はいはい、見てるだけの人は呑気なものね」
もう少しといっても魚は次から次へと運ばれてくる。網上げの総指揮官は甘興覇。海といえば彼。横にある大きな水桶で泳いでいるのはどれもこれもが大物だった。たった一匹裁くのに骨が折れる。結構な力を要するのだ。そんな事も知らないで料理はまだかと覗き込んだ私が、裏方にまわることになってしまった。それもこれも、陸遜のお陰。笑って、やってみますかだなんて、負けず嫌いの私が断れるわけ無いのに。もしかして見透かされての言葉なんだろうか。それもまぁ、今となってはどうでもいいことだけど、実はもう限界が近い。

「それにしても何故貴方がここにいるの?」
「さぁ、甘寧殿が」
言いながら、陸遜は小首をかしげる。
「私が適任者だと。やはり、私の剣さばきの評価によるものでしょうか」
にこにこと、屈託無く笑う。
「へーえ、随分と見込まれてるのねぇ。そんな貴方に誘いを受けた私の腕も、実は結構なものって事なのかしら」
「そうですね。あぁ、そうなるんですかね」
この人のどこからどこまでが本気なんだろう、見たところ人の皮肉に真剣に考え込んでる様子だ。
彼は、先程から私の包丁裁きを見ている傍ら、油の付いた包丁を片っ端から拭い、使いやすいようにと用意をしてくれたり、お皿に盛り付けたりとこまごました仕事をしてくれている。私と彼、二人いるなら、普通はその仕事反対だと思うのだけど、彼は一向に代わろうとする気配が無い。世間話をしたままに、私を気遣う様子すら見せない。確かにそんな気を遣われたら私は怒るに違いないけど、それをよく分かっているからってここまで律儀に見ない振りをしなくてもいいんじゃないだろうか。いやよ、やれるわよ、なんていう私の言葉を受け流す気持ちがあれば、無理にでも包丁を取り上げることが出来るだろうに。あぁもう腕痛いわ、どうして一匹一匹がこう重いのかしら、この包丁切れ味悪いんじゃないの、さっきから全然思うように進まな……
「うわ!!」
「ここまで、ですかね」
聞こえたのは耳元。いつの間にか彼は背後から包丁を押さえつけていた。

「結構です、ありがとうございました」
「何よ突然」
「これ以上は見ていられません、怪我しますよ。あとは私が引き受けましょう」
「いやよ、やれるわよ!」
「言うと思った」
苦々しげな笑みを浮かべる彼に、言われると思った、そう思う。



鮮やかな手さばき、まるで、流れるよう。悔しいけど、甘寧が推薦したのも分かる。
彼は、手を誤るという事を知らない。稽古中でもそれは分かる、調子の悪いときにでもきちんとつぼを心得ており一寸の乱れも無い。
狙ったところは必ず外さない、どんな時にでも悔しいくらいきちんと仕事をやり終えるのが彼という人なのだ。
それがまさか、こんな所──料理の分野にまで及ぶものだとはね。

「尚香殿」

お皿に、彩りよく並べられる透明な魚の身。
鼻歌を歌いながら、非の打ち所が無い仕事振り。

「あまり見惚れないでください、恥ずかしいです」
「は…!? わ、私、見惚れてなんかないわよ!!」
「あれ。おかしいな、背中に視線を感じてたんですけど、貴方以外の誰かなんですかね」
「そうでしょ」
ククッ、と明らかにからかって笑う陸遜。私は疲れた腕を揉み解してるっていうのに、この人はまだ動きに衰えが無い。
これが、男と女の差かと思うと、無性に腹が立つ。
「おい、まだやってるのか〜?」
壁の外から声が聞こえてきた。
「いけない、呂蒙殿もう終わったのか。尚香殿、お皿もう運んでてください」
「あ、はい。これと、これはもういいのよね」
「ああ、この花を添えてください」
「はいはい」
見た目にこれほど気を遣うとは、まるで女みたいね。
そんなことに感心しながら私は飾り終えたお皿をもう騒ぎ始めている皆の元へ届けて回った。五度ほど往復したときに陸遜は仕事を終えたらしく、椅子に座ってぐったりとしていた。私を見上げて、板の上に乗せられた小皿を指差した。

「これ、残り物なんです」
「流石に、こんな切れ端じゃ、出せないって?」
「一緒に食べませんか?味は変わりませんから」
「そうね、それじゃ。お疲れ様って事で、飲みましょ」
「流石は尚香殿、用意が良い」
ふっ、と笑いあい。私たちは飾りも何もない切り身を箸でつついた。

尚香〜?そう私を呼ぶ声は相変わらず聞こえるけど。
これが、錯乱したような笑い声になるまで、まだ陣営は平和なはず。
それまでは、と私たちはくだらない話に花を咲かす。



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そして背景の素材はこちらからです。

いちか様の開催されている20万ヒット記念企画で、書いていただきました。
20個リクエストを受け付けるという太っ腹な企画です。
自分がリクしたものは持ち帰ってよいとのことでしたので狂喜乱舞して持ち帰らせていただきました。
いちか様の書かれる小説は良いですよ!うまく表現できませんが、敢えて言うなら
ほのぼの風味な芯の通ったシリアスですか。

陸遜は刃物なら何でもOKなんですね!
名家の陸家の頭領(なんか違う)が料理…。流石陸遜!並の人間じゃないです!
もしかして火計絡みで火の扱いもお手のものですか?
尚香の強気っぷりも可愛いです。思わず笑いがこみ上げてきます。
そして一言しか喋らない呂蒙が呂蒙っぽいです。そこが彼の彼たる所以です。
私の好きな人物3人が漏れなく登場してるなんて、こんな贅沢許されるんでしょうか。
ああ、私はすごく幸せです!無双万歳日常万歳!
いちか様ありがとうございましたっ!


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